常歩無限 -驚異のスポーツ上達法-
陸上競技・サッカー・野球・バスケットボール・バレーボール・テニス・スキー・剣道・柔道など、あらゆるスポーツや武道の動きについて考えます。常歩(二軸動作)に関する最新情報をお届けします。
科学する??
近頃、「スポーツを科学する」などという文言をよく見聞きします。さて、科学するとは何でしょう?。
「二軸動作は、科学ですか??」よく聞かれます。逆に質問します、「科学って何ですか??」(笑)
「二軸動作」・・・感覚を主体にした動作法です。当初は、私たち、そして一部の選手の間で語られてきました。
選手の皆さんの成功が、徐々にマスコミなどに認知されるようになり、「二軸動作」・「常歩」が世に出ることになりました。今から約8年前です。
ここからは、私の意見(私見)です。
身体動作の本質は客観ではありません。客観とは目に見えたり数値であらわされるもの。自分で剣道を実践したり選手の方々に接するようになり、それを確信しました。
例えば、相手、または相手チームの動きを「よむ」ということ。
武道で言えば、初心者の段階は相手の「動作」をよみます。いわゆる「予備動作」です。しかし、稽古で「予備動作」などはすぐになくせます。可視的な動作をよむことはできなくなります。
そこで、相手の「心」をよむことになります。動作にあらわれる前の「心」の変化をよみます。これは、武道家であればできるようになります。
相手の「心」・「感覚」をよみます。この「心」をよむことは多くの武道家が実践できます。
そこで、「心」や「感覚」の前にあらわれる相手の変化をよみます。それこそ「気」とか「気配」といわれるた相手の変化です。
武道がすばらしいといっているのではありません。スポーツでも同様なことが行われています。つまり、動きの本質は、レベルが上がれば不可視的な要素へと向かっていきます。
ここまでくると相手を見ないようになります。ぼやっとみる。「相手を見ると分からなくなる」とプロの選手たちがよくいう段階です。考えなくなる段階です。
ですから、超一流の選手は自分のやっていることを説明できないことが多いのです。相手の「無」を自分の「無」で感じているからです。
武道では、「見の目」ではなく「観の目」が大事だといいます。
私は、まだその先のレベルがあると思っているのですが・・・・・・。
とにかく、スポーツ・武道などの本質は不可視的な要素です。
つまり、決して可視的な要素を課題とする科学では解明できません。
スポーツに関する科学が発展しても、それは今のところ可視的なレベルを細分化しているにしかありません。
それを、超えたところにしか身体動作の本質はない、というのが私の見解です。
「体」は客観的ものをいいます。「死体」などといいますね、物体です。しかし「身体」は、人間としての精神的・または無意識の作用を含んだからだです。
スポーツ・武道などは「体動作」ではありません「身体動作」です。不可視的な要素を大切にしたいものです。
「二軸動作は、科学ですか??」よく聞かれます。逆に質問します、「科学って何ですか??」(笑)
「二軸動作」・・・感覚を主体にした動作法です。当初は、私たち、そして一部の選手の間で語られてきました。
選手の皆さんの成功が、徐々にマスコミなどに認知されるようになり、「二軸動作」・「常歩」が世に出ることになりました。今から約8年前です。
ここからは、私の意見(私見)です。
身体動作の本質は客観ではありません。客観とは目に見えたり数値であらわされるもの。自分で剣道を実践したり選手の方々に接するようになり、それを確信しました。
例えば、相手、または相手チームの動きを「よむ」ということ。
武道で言えば、初心者の段階は相手の「動作」をよみます。いわゆる「予備動作」です。しかし、稽古で「予備動作」などはすぐになくせます。可視的な動作をよむことはできなくなります。
そこで、相手の「心」をよむことになります。動作にあらわれる前の「心」の変化をよみます。これは、武道家であればできるようになります。
相手の「心」・「感覚」をよみます。この「心」をよむことは多くの武道家が実践できます。
そこで、「心」や「感覚」の前にあらわれる相手の変化をよみます。それこそ「気」とか「気配」といわれるた相手の変化です。
武道がすばらしいといっているのではありません。スポーツでも同様なことが行われています。つまり、動きの本質は、レベルが上がれば不可視的な要素へと向かっていきます。
ここまでくると相手を見ないようになります。ぼやっとみる。「相手を見ると分からなくなる」とプロの選手たちがよくいう段階です。考えなくなる段階です。
ですから、超一流の選手は自分のやっていることを説明できないことが多いのです。相手の「無」を自分の「無」で感じているからです。
武道では、「見の目」ではなく「観の目」が大事だといいます。
私は、まだその先のレベルがあると思っているのですが・・・・・・。
とにかく、スポーツ・武道などの本質は不可視的な要素です。
つまり、決して可視的な要素を課題とする科学では解明できません。
スポーツに関する科学が発展しても、それは今のところ可視的なレベルを細分化しているにしかありません。
それを、超えたところにしか身体動作の本質はない、というのが私の見解です。
「体」は客観的ものをいいます。「死体」などといいますね、物体です。しかし「身体」は、人間としての精神的・または無意識の作用を含んだからだです。
スポーツ・武道などは「体動作」ではありません「身体動作」です。不可視的な要素を大切にしたいものです。
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